「そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「大丈夫なわけないでしょ」 「そりゃまぁ一人なら分かるけどさ、二人だし。おまけに最強のペアじゃん」 「・・・。」 「・・そんな睨まれると怖いんだけど。とにかく決まったもんはしょうがねぇ、行くぞ」 「決まったも何も元はと言えば全部あんたのせいじゃない・・」
「・・ってのはどうよ?あつーい夏にはやっぱこれがなくっちゃ♪」
わぁぁっと盛り上がる歓声を前に樹は一人状況を掴めずにいた。
「鳥羽!遅かったじゃん」
真っ先に樹に声を掛けてきたのは輪の中心にいた宮木翔だった。
「大分盛り上がってたみたいだけど、今度は何を思いついたの?」 よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに翔は目を輝かせた。 「今週の土曜近くの神社でお祭りあるじゃん?あれに皆で行こうよってなってさ」
そういえばお盆の少し前にそんなのあったっけ・・・。
「とりあえず今いるのには全員賛成もらったけど鳥羽は行ける?」
そのお祭りには毎年いけ好かない幼馴染と行っていたが、輪の中にその姿を発見したので特に何の問題もないだろう。
「うん、その日は毎年空けてあるから大丈夫」
一人でいきなりバタバタと支度し始めた彼は、じゃあね〜と慌ただしく教室を後にした。 「・・翔って今日何かあるの?」 近くにいた美奈に尋ねると、さあ?と疑問符で返されてしまった。 「バレるとヤバイからじゃね?俺もそろそろ帰ろっかな〜」
そう言うなりショルダーバッグを肩に掛け、岸辺も輪から抜けた。
「土曜のお祭り、お祭り以外に何か別のことするの?」
イマイチ信用できない笑いをしながら答えたのは幼馴染の櫻山時岐だった。
これ以上話の合わない男と討論していても埒が明かないので樹はとりあえず歩を進めた。
「ここまで来たんだからやってこうよ!ほら、ペアだし!!」 人をハメといてそんなことをぬかすか委員長。 「せっかくの祭りだぜ?楽しまないと損だって」 あーあー、確かに楽しまなきゃ損ですよ。それが祭りなら・・祭りならねっ。 「大丈夫、大丈夫!人の声とか聞こえる位置だし、そんな長くないよ」 美奈・・あんただけは私を騙さないって信じてたのに・・・。
「てか、こんな所でモタモタしてる内に周りは暗くなって人もいなくなるぜ。
あんただけは一生嫌いよ・・!何でそんなにえらそうなわけ!!
二番目に出発するその間まで言い合いを続け、前の組が出発してから十分経った時、私たちは歩き始めた。
「例えばさ」
突然落ち着いた声で言われると驚くから止めてほしい。
「辛いものが嫌いな人に『たまには刺激を与えなさい』ってわざと辛いもの寄こすだろ?」 何が言いたいのかは大体見当がついたので返事をする気にもなれなくて無言で頷いた。
「俺達もあまりにびびりすぎる樹をどうにかしたいと思ってだな・・」
暗がりで顔は見えないだろうが、私の顔を覗き込んだ時岐は歩調を速めてくれた。
最強のペアー・・ね。
「樹、なんなら手握る?」 もし今ここが暗がりでも人気の無い所でも、そして何より恐怖を覚えていなければ。 「・・やっぱり最悪のペアーだわ・・」
足に強烈な蹴りを喰らわせながら叫んでいたことだろう。
岸辺が前方を見やりながらボソッと呟くと、美奈がどうだろ、と後ろをチラッと見た。 「いつも険悪そうにしてるし・・というか、実際は鳥羽が一人で怒ってるようにしか見えねぇが」 苦笑しながら言う岸辺に、美奈はそうなんだよねぇ、と同意した。 「昔はすごく仲良かったんだけど・・高校入ってから樹、櫻山君に冷たくなって・・」
二人と近所だった美奈はその変化に違和感を感じずにはいられなかった。
「しっかし・・それで鳥羽の『苦手なモノ』を使おう、っていう香月の提案には驚いたな」
あの日樹が職員室に日誌を届けている間、彼らは緊急会議を開いた。
『そんなんじゃダメ!皆でいたら樹絶対櫻山君から離れようとするじゃない』 当人を目の前にしてよくそこまで言えるな・・と内二人が思ったのを知ってか知らずか、 『何か絶対に二人にならなきゃならないモノで・・それでいて樹が来るモノ・・・』 美奈は右往左往しながらブツブツと呟き、最後に【肝試し】を提案したのだった。
「来年になったら皆バラバラになっちゃうし、その前に樹の本心を知りたかっただけだよ」
並んで歩いていた美奈がピタッと止まった。
「・・そしたら・・・。・・それはそれでいいんじゃない?」
再び歩き出した美奈は笑いながら頷いた。 「今のよく分からないままのギクシャクした状態よりずっといい」
ジンジンと痛む右足を庇いながら、樹は時岐の背中越しに文句を言う。
「自業自得だろ?人が転びそうになってんの助けてやろうとしたら思いっきり振り払って」
着慣れない浴衣と下駄のせいで、確かにこのデコボコした道は歩きにくかった。
「まぁ起きたことをとやかく言ってもしょんねぇし、おとなしく掴まってろ」
右足の腫れは大きく、とても歩けそうにはなかった。
「ごめん・・時岐・・。助けてくれたのに文句ばっかり言って・・」 背中でシュンとなる樹に驚いて、時岐は気にすんな、と励ました。 「ずっと避けられてんの分かってたのにそういう行動した俺も悪かったし」
まぁお互い様ってことで、と笑っているようだった。
「樹・・?どうしたよ」
背中から応える返事は無くて、時岐は暫く何も言わなかった。
「・・樹・・?」
声はまだ少し掠れていたけれど、大分落ち着いているようだった。 「本当にごめん・・いつも迷惑かけてばっかで・・」 喋る度に肩を掴む手は強さを増し、それは微かに震えていた。 「時岐は何も悪くないのに・・あたしは一人劣等感を抱いてて・・」
中学まではそれほど気にしなかった時岐という存在。
「劣等感て・・樹の方が俺よりよっぽどできるじゃん」 何言ってんの、と返され思いきり首を振った。 「違う・・時岐はあたしと同じモノ持ってるのに、あたしよりずっと・・」
最後の方は段々声が小さくなっていって時岐には聞き取れなかった。
「嫌われるのが嫌で突き放してるのにしぶとく追いかけて来るから・・」 聞けば、声はいつも通りの覇気を取り戻し、独り言とも取れない調子で樹は話し続ける。 「だからどんどん強く当たるようになって・・・」
今樹の顔を見れたのなら、どんなにか赤面だったろう。
「いままでごめん・・あと、ありがとう」
ゴツッと頭を背中に押し付けて、樹は黙ってしまった。
・・確かに、これだけ長く喋ったのは久しぶりかな・・・。
「過ぎたことは気にしてねぇよ。今それが聞ければ十分だ」 だから何であんたってそう・・と呆れ声が聞こえた辺りで、目的地の祠が見え始めた。 「樹、前見てみ。もうすぐで着くぞ」
言われた瞬間樹は顔をバッと上げ、祠の隣の大木に凭れ掛かる二人組みを見つけた。
・・これもやっぱり時岐のおかげなのかな・・・。
「何で時岐背中に背負ってるんだ?鳥羽どうかしたの?」 祠に着くなり駆け寄ってきた二人は、その格好に何事かと尋ねてきた。
「途中で転んじゃって。右足だけなんだけど歩けそうにもなかったから・・」
大木の根元に時岐が樹を降ろすなり、その足を見た美奈がハンカチを片手に井戸まで走っていった。 「・・あいつも同じ様に走りにくそうな格好してんのに、よく走れんなぁ」
隣に座った時岐がひどく感心したように言うので、確かに、と一緒に笑った。
「お待たせ!痛いと思うけど、我慢してね」
ヒヤッと冷たい感触があったかと思うとそれはひどく痛んだ。
「そういや翔遅いなぁ・・」 その一言に、場にいた一同も気がついて言った。 「翔だけ一人になったのに最後になっちゃって、絶対追い抜かしてやる!とか言ってたのにね」
道中怪しい所はあったけれど、記憶する限りではその姿も声も聞いていない。
「!びっびっくりした・・どうしたのそんな顔して」
元気が戻ってきた分、怖さを感じる力も敏感になっているのだ。
「鳥羽・・お前、覚えてないのか・・?」
やけに深刻そうな声で言われて素っ頓狂な声を出してしまう。
「翔君、確か普通に二人組みになってた・・よね?」 続けられた美奈の言葉に樹は固まった。
私たちは今日総勢五名でここへ来た。
「俺が覚えているのは翔の横には普通にもう一人いたこと。俺達が出発する直前に翔を見た時には、二人組みだったぜ」
・・・。どっどういうこと・・・?
「鳥羽・・お前がこれに猛反対してた時、翔はペアを作ってただろ?」 岸辺のその言葉に、樹はその時のことを思い出した。 『大丈夫!これペアだし』
彼はそう言って私を励まさなかっただろうか。
「・・え?」
何かに違和感を覚え知らず口から疑問がこぼれると、時岐が心配そうな顔をしていた。 「・・ねぇ、やっぱり・・私、翔しか見てないよ・・・?」
言うと岸辺がそんなわけねぇ!と全否定し、美奈もそれに同意した。
「え・・おい、あれ見ろ・・・」
言われて全員が後方を見れば、そこには一人笑顔で歩いてくる男がある。
「いや〜途中で沼に足突っ込んじゃってさ、参った参った。・・れ?何で皆固まってんの?」 その日、高くそびえる山の麓の祠で叫び声が上がったのは、言うまでもない。
「本当に、お前は一人だったんだな?」 もう何度目かになる時岐の質問に、翔が何度目かの答えを返した。 「うん。本当に一人だったよ。そもそも五人で行ったじゃん」 あの夜から明けた次の日、五人は翔の家に集まっていた。 「じゃあ俺と岸辺と美奈が見たのは何だったんだ・・?」 麦茶をグイッと飲みながら、翔は樹の方を見た。
「でもよく鳥羽は見なかったねぇ」
問われて聞き返すと、昔はよくあったんでしょ、と言われた。
「あまりに怖がるから向こうから逃げたんじゃねぇの?」
ソファーに寄りかかりながら面倒臭そうに岸辺が言った。
帰り道、樹が不意に沈んでゆく陽を見つめながらポソッと呟いた。 「・・さっき言いそびれちゃったけど・・あの祠ってね、女の子が祭ってあるんだって」
神社でお祭りやってて賑やかだったから、下りてきたのかもね。
分かれ道になって方向が分かれる時になって、ようやく岸辺が口を開いた。 「別にアレは・・俺達を脅かそうとか怒ってたとか・・そういうんじゃないんだよな」 俯きながら言った岸辺を見て、樹は何だかんだで気にしてたのかと苦笑しながら、 「それはないよ。だったらあたし達、無事じゃなかったはずだから」 と自分の右足をクルクルと回して見せた。 「!」
瞬間三人は驚いて目を瞠ったが、そういえば今日、樹は普通に歩いていたことを思い出した。
「久しぶりに皆と会えて嬉しかっただけだと思うよ」
夏の暑い陽射しの中、神社の裏から山へと続く道の途中にある小さな祠に、小さな花束を携えた一人の少年の姿があった。
ジジジジジッと大きな木の陰に身を寄せながら鳴く蝉の声が、静かに少年を見送っていた。
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