「そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「大丈夫なわけないでしょ」
「そりゃまぁ一人なら分かるけどさ、二人だし。おまけに最強のペアじゃん」
「・・・。」
「・・そんな睨まれると怖いんだけど。とにかく決まったもんはしょうがねぇ、行くぞ」

「決まったも何も元はと言えば全部あんたのせいじゃない・・」







事の起こりは終業式も間近に控えた七月の終わりの日、日も暮れ始めた放課後の教室で発言された一言だった。

「・・ってのはどうよ?あつーい夏にはやっぱこれがなくっちゃ♪」

わぁぁっと盛り上がる歓声を前に樹は一人状況を掴めずにいた。
というのも、彼女はたった今まで職員室に日誌を届けに行って帰ってきたばかりで、扉を開けた途端この騒ぎだったから致し方ない。
クラスには四・五名の男女が残っていて何がそんなに楽しいのかひどく盛り上がっていた。
何だ・・?と思いながらもひとまず鞄を取ろうと室内に入った所で、周りはようやくその存在に気づいた。

「鳥羽!遅かったじゃん」

真っ先に樹に声を掛けてきたのは輪の中心にいた宮木翔だった。
委員長であり何かとお祭り好きな彼は顔面を綻ばせながら近寄り、それと同時に集まっていた面々も樹の周りに再度輪を作った。
どうやらまた、何か面白いことでも見つけたのだろう。
職員室混んでて、と言いながら、樹は腰まで伸びた長い髪を風に遊ばせながら席に着いた。

「大分盛り上がってたみたいだけど、今度は何を思いついたの?」

よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに翔は目を輝かせた。

「今週の土曜近くの神社でお祭りあるじゃん?あれに皆で行こうよってなってさ」

そういえばお盆の少し前にそんなのあったっけ・・・。
出店もたくさん出るし参加者全員で屋台を囲んで踊るといった、近くのものでは結構大きなお祭りだ。

「とりあえず今いるのには全員賛成もらったけど鳥羽は行ける?」

そのお祭りには毎年いけ好かない幼馴染と行っていたが、輪の中にその姿を発見したので特に何の問題もないだろう。
私だってできるなら皆とワイワイしたい。

「うん、その日は毎年空けてあるから大丈夫」
「じゃあ決まりだね!あ、各自懐中電灯持参ってことで。七時に境内に集合だから!」

一人でいきなりバタバタと支度し始めた彼は、じゃあね〜と慌ただしく教室を後にした。

「・・翔って今日何かあるの?」

近くにいた美奈に尋ねると、さあ?と疑問符で返されてしまった。

「バレるとヤバイからじゃね?俺もそろそろ帰ろっかな〜」

そう言うなりショルダーバッグを肩に掛け、岸辺も輪から抜けた。
その二人の行動に多少なりとも不安を覚え、樹は再度聞いた。

「土曜のお祭り、お祭り以外に何か別のことするの?」
「祭りに行って余分なことをするような奴らか?」

イマイチ信用できない笑いをしながら答えたのは幼馴染の櫻山時岐だった。
でもまぁ確かに・・翔があの騒ぎの中それを無視して別のことを行うなんて無理か。
それ以上に面白いものがあればそっちに喰いつく性格を、樹はこの時すっかり忘れてしまっていた。
そしてそれが全ての悪夢の始まりになったのである。






「『懐中電灯を持って集合』って言われた時点でどうして気づかなかったかな・・」

これ以上話の合わない男と討論していても埒が明かないので樹はとりあえず歩を進めた。
何か本当・・上手くやり込められた気がする・・・。




境内に全員集合するなり翔が言い出したのは【肝試し】だった。
その事実を知らなかったのは樹ただ一人で、最初は何のことかさっぱり分からなかった。
確かにあの日翔と岸辺の行動は不自然だった。
いつもなら何かと悪戯してくる二人のこと、自分はもっと警戒していただろう。
しかしお祭り好きの翔がお祭りそっちの気で何かに没頭するなんてことはないだろうと、
これまた同じくいつもだったら耳を貸さない幼馴染の言葉を真に受けてしまったのだ。

「ここまで来たんだからやってこうよ!ほら、ペアだし!!」

人をハメといてそんなことをぬかすか委員長。

「せっかくの祭りだぜ?楽しまないと損だって」

あーあー、確かに楽しまなきゃ損ですよ。それが祭りなら・・祭りならねっ。

「大丈夫、大丈夫!人の声とか聞こえる位置だし、そんな長くないよ」

美奈・・あんただけは私を騙さないって信じてたのに・・・。

「てか、こんな所でモタモタしてる内に周りは暗くなって人もいなくなるぜ。
そんなに怖いんならとっととやってとっとと終わらせた方が得策だと思うけど?」

あんただけは一生嫌いよ・・!何でそんなにえらそうなわけ!!





・・そんなやりとりをどれだけしただろうか。
結局今さら一人で帰るのも気が引けて、(仕方なく)残ることにした。
何でも、二人ペアーで境内の裏から続く小道を歩いていった先の祠まで行くらしい。
まぁ一人じゃない分だけマシかと思っていた私が馬鹿だった。
くじで引いた相手は長年の宿敵とも呼べる幼馴染の時岐だったのだ。

二番目に出発するその間まで言い合いを続け、前の組が出発してから十分経った時、私たちは歩き始めた。
そして丁度後ろの方で、大きな花火が上がった。
境内の裏の祠までは歩いて大体三十分。その時果たして自分は無事だろうか。






「例えばさ」
「何」

突然落ち着いた声で言われると驚くから止めてほしい。
生い茂った竹林に入ってくると、もう自分には余裕なんか無いに等しいのだ。

「辛いものが嫌いな人に『たまには刺激を与えなさい』ってわざと辛いもの寄こすだろ?」

何が言いたいのかは大体見当がついたので返事をする気にもなれなくて無言で頷いた。

「俺達もあまりにびびりすぎる樹をどうにかしたいと思ってだな・・」
「わかったからとっとと歩いて。あたしは一刻も早くここを抜け出したいんだから」

暗がりで顔は見えないだろうが、私の顔を覗き込んだ時岐は歩調を速めてくれた。
最悪な組み合わせではあるけれど、私の怖がりを一番理解してるのはこいつなわけで、
本当に嫌がることまではしないという安心感が確かにあった。

最強のペアー・・ね。
ある意味そうなのかもしれない。

「樹、なんなら手握る?」

もし今ここが暗がりでも人気の無い所でも、そして何より恐怖を覚えていなければ。

「・・やっぱり最悪のペアーだわ・・」

足に強烈な蹴りを喰らわせながら叫んでいたことだろう。
やっぱり・・こんな奴大っ嫌いっ!





「あいつら無事かな」
「あの二人?」

岸辺が前方を見やりながらボソッと呟くと、美奈がどうだろ、と後ろをチラッと見た。

「いつも険悪そうにしてるし・・というか、実際は鳥羽が一人で怒ってるようにしか見えねぇが」

苦笑しながら言う岸辺に、美奈はそうなんだよねぇ、と同意した。

「昔はすごく仲良かったんだけど・・高校入ってから樹、櫻山君に冷たくなって・・」

二人と近所だった美奈はその変化に違和感を感じずにはいられなかった。
いつだか樹にそのことを聞いたような気がするが、上手くはぐらかされて真相が分からないまま。
気づいたら高校最後の夏になっていて、もうこれしかない、と今回のことを思いついたのだ。

「しっかし・・それで鳥羽の『苦手なモノ』を使おう、っていう香月の提案には驚いたな」

あの日樹が職員室に日誌を届けている間、彼らは緊急会議を開いた。
最初は普通にお祭りに誘ってさりげなく二人に話す機会を設けようとしていたのだが・・。

『そんなんじゃダメ!皆でいたら樹絶対櫻山君から離れようとするじゃない』

当人を目の前にしてよくそこまで言えるな・・と内二人が思ったのを知ってか知らずか、

『何か絶対に二人にならなきゃならないモノで・・それでいて樹が来るモノ・・・』

美奈は右往左往しながらブツブツと呟き、最後に【肝試し】を提案したのだった。

「来年になったら皆バラバラになっちゃうし、その前に樹の本心を知りたかっただけだよ」
「うーん・・しかしあれが単なる照れ隠しとかじゃなくて本気で時岐を嫌ってるからだとしたら?」

並んで歩いていた美奈がピタッと止まった。

「・・そしたら・・・。・・それはそれでいいんじゃない?」
「・・いいのかっ?」

再び歩き出した美奈は笑いながら頷いた。

「今のよく分からないままのギクシャクした状態よりずっといい」






「うう・・なんであんたの世話になってるのよ・・」

ジンジンと痛む右足を庇いながら、樹は時岐の背中越しに文句を言う。

「自業自得だろ?人が転びそうになってんの助けてやろうとしたら思いっきり振り払って」
「いきなり腕掴まれれば誰だってそうするわよ!」

着慣れない浴衣と下駄のせいで、確かにこのデコボコした道は歩きにくかった。
その上相手の顔を見たくないばかりにがむしゃらに前へ前へ進んでいたら・・。

「まぁ起きたことをとやかく言ってもしょんねぇし、おとなしく掴まってろ」

右足の腫れは大きく、とても歩けそうにはなかった。
憎まれ口を叩かれながらも自分をこうやって担いでくれている相手に、さすがに罪悪感が芽生えた。

「ごめん・・時岐・・。助けてくれたのに文句ばっかり言って・・」

背中でシュンとなる樹に驚いて、時岐は気にすんな、と励ました。

「ずっと避けられてんの分かってたのにそういう行動した俺も悪かったし」

まぁお互い様ってことで、と笑っているようだった。
何で・・と樹は胸中で問うた。
いつも自分は相手に酷いことばかり言って、傷つけてる。
なのに何で・・いつもそうやって優しくするの?
知らず樹は涙を零していて、時岐もそれに気がついたようだった。

「樹・・?どうしたよ」
「・・・」

背中から応える返事は無くて、時岐は暫く何も言わなかった。
一歩、一歩、人の手があまり加えられていない山道を進みながら、
二人は何を話すでもなく、ただ、時折樹の嗚咽がこだまするばかりだった。
遠くで聞こえていた花火の音が途絶え始めた頃、樹が時岐の肩をギュッと握った。

「・・樹・・?」
「ごめん・・・」

声はまだ少し掠れていたけれど、大分落ち着いているようだった。

「本当にごめん・・いつも迷惑かけてばっかで・・」

喋る度に肩を掴む手は強さを増し、それは微かに震えていた。

「時岐は何も悪くないのに・・あたしは一人劣等感を抱いてて・・」

中学まではそれほど気にしなかった時岐という存在。
自分と変わるものなんてあまりなかったはずなのに、勉強も運動も・・人間関係だって。
どこかで自分は時岐のそれに負けている気がして、不安で堪らなかった。
近くにいるのにその存在はどんどん離れていくようで、その距離感に苛立ちを覚える日が多くなった。

「劣等感て・・樹の方が俺よりよっぽどできるじゃん」

何言ってんの、と返され思いきり首を振った。

「違う・・時岐はあたしと同じモノ持ってるのに、あたしよりずっと・・」

最後の方は段々声が小さくなっていって時岐には聞き取れなかった。
けれど、樹が自分を避ける原因は嫌われての事ではなかったということが分かって、とりあえずは安心できる。

「嫌われるのが嫌で突き放してるのにしぶとく追いかけて来るから・・」

聞けば、声はいつも通りの覇気を取り戻し、独り言とも取れない調子で樹は話し続ける。

「だからどんどん強く当たるようになって・・・」

今樹の顔を見れたのなら、どんなにか赤面だったろう。
それぐらい、背中越しに伝わる体温は熱かった。

「いままでごめん・・あと、ありがとう」

ゴツッと頭を背中に押し付けて、樹は黙ってしまった。
出すものを全部出し切って、力尽きてしまったようだ。

・・確かに、これだけ長く喋ったのは久しぶりかな・・・。
無言の背中の住人は最初握っていたよりも強く肩を握っていた。

「過ぎたことは気にしてねぇよ。今それが聞ければ十分だ」

だから何であんたってそう・・と呆れ声が聞こえた辺りで、目的地の祠が見え始めた。

「樹、前見てみ。もうすぐで着くぞ」

言われた瞬間樹は顔をバッと上げ、祠の隣の大木に凭れ掛かる二人組みを見つけた。
長い道のりのようなそうでないような・・
いつの間にか恐怖は消えていて、冷や汗とは違う汗で両手はグショグショだった。

・・これもやっぱり時岐のおかげなのかな・・・。
そういえば昔無理矢理入らされたお化け屋敷も、時岐が隣にいてくれたからさほど怖がらずに済んでいた気がする。
あんまり言うと調子に乗りそうだから言わないけれど、自分はこの支えにもっと感謝しなければいけないのだ。
せめて普通の会話をずっと続けられるようにしよう。
傍にこの存在がある限り・・。

「何で時岐背中に背負ってるんだ?鳥羽どうかしたの?」

祠に着くなり駆け寄ってきた二人は、その格好に何事かと尋ねてきた。

「途中で転んじゃって。右足だけなんだけど歩けそうにもなかったから・・」
「わっ本当、すごい腫れてる!あたし水に濡らしてくるねっ」

大木の根元に時岐が樹を降ろすなり、その足を見た美奈がハンカチを片手に井戸まで走っていった。

「・・あいつも同じ様に走りにくそうな格好してんのに、よく走れんなぁ」

隣に座った時岐がひどく感心したように言うので、確かに、と一緒に笑った。
それを見た岸辺が思いきり目を見開いて言葉を発せられずにいた。
無理もない、時岐の前で笑う樹の姿はほとんど無いに等しかったからだ。
岸辺が早く報告しないとと、井戸の方向を何度も見た。
その内美奈がカラン、コロン、と音を鳴らしながらやってきた。

「お待たせ!痛いと思うけど、我慢してね」

ヒヤッと冷たい感触があったかと思うとそれはひどく痛んだ。
苦痛に耐える樹を見守りながら、時岐が思い出したように言った。

「そういや翔遅いなぁ・・」

その一言に、場にいた一同も気がついて言った。

「翔だけ一人になったのに最後になっちゃって、絶対追い抜かしてやる!とか言ってたのにね」

道中怪しい所はあったけれど、記憶する限りではその姿も声も聞いていない。
しっかし遅いねぇ、と樹が皆の方へ向くと、そこには青ざめた三人の顔があった。

「!びっびっくりした・・どうしたのそんな顔して」

元気が戻ってきた分、怖さを感じる力も敏感になっているのだ。
そんな一様に真っ青な顔しないでよ・・!
すると最初に正気を取り戻したらしい岸辺が言った。

「鳥羽・・お前、覚えてないのか・・?」
「へ?」

やけに深刻そうな声で言われて素っ頓狂な声を出してしまう。
覚えてない・・って何が・・?

「翔君、確か普通に二人組みになってた・・よね?」

続けられた美奈の言葉に樹は固まった。

私たちは今日総勢五名でここへ来た。
でも待って。確かにこれは翔が最初から『二人ペアで』と言っていたぐらいだから、その数は偶数にならなければいけないはずだ。
え・・あれ?でも私は最初にあの言葉を聞いたはず・・・。
なら今の美奈の言葉は・・・?
助けを求めようと時岐の顔を見ると、これまた思案中の顔つきだった。

「俺が覚えているのは翔の横には普通にもう一人いたこと。俺達が出発する直前に翔を見た時には、二人組みだったぜ」

・・・。どっどういうこと・・・?
私たちが出発する直前・・?え?そんな時あたし翔見たっけ・・?
そもそもあたしが翔を見たのは、言葉を交わしたのはいつだったっけ・・?

「鳥羽・・お前がこれに猛反対してた時、翔はペアを作ってただろ?」

岸辺のその言葉に、樹はその時のことを思い出した。

『大丈夫!これペアだし』

彼はそう言って私を励まさなかっただろうか。
瞬間、樹の顔がサーッと凍りついた。
そうだ、そうだよ。その時には各々ペアになってて、何で時岐がペアなのとかあたし文句言ってて・・。
翔は宥めながら隣の女の子に・・・。

「・・え?」
「・・どうした?樹」

何かに違和感を覚え知らず口から疑問がこぼれると、時岐が心配そうな顔をしていた。

「・・ねぇ、やっぱり・・私、翔しか見てないよ・・・?」

言うと岸辺がそんなわけねぇ!と全否定し、美奈もそれに同意した。
時岐もおそらく同意しようとしたのだが、目線の先に件の翔を見つけ、固まった。

「え・・おい、あれ見ろ・・・」

言われて全員が後方を見れば、そこには一人笑顔で歩いてくる男がある。
その隣には誰もいなくて、宮木翔ただ一人だけだ。

「いや〜途中で沼に足突っ込んじゃってさ、参った参った。・・れ?何で皆固まってんの?」

その日、高くそびえる山の麓の祠で叫び声が上がったのは、言うまでもない。






「本当に、お前は一人だったんだな?」

もう何度目かになる時岐の質問に、翔が何度目かの答えを返した。

「うん。本当に一人だったよ。そもそも五人で行ったじゃん」

あの夜から明けた次の日、五人は翔の家に集まっていた。

「じゃあ俺と岸辺と美奈が見たのは何だったんだ・・?」

麦茶をグイッと飲みながら、翔は樹の方を見た。

「でもよく鳥羽は見なかったねぇ」
「へ?」

問われて聞き返すと、昔はよくあったんでしょ、と言われた。
確かに小さい頃はよく目にしていた。
でもそれは生きている人間だと思っていたから大丈夫だったわけで、
そうじゃないと気づいてからは、そういったモノは一切ダメになってしまったけれど。

「あまりに怖がるから向こうから逃げたんじゃねぇの?」

ソファーに寄りかかりながら面倒臭そうに岸辺が言った。
元々こういったモノに興味が無い彼は、一日経った今はどうでもいいらしい。
しかしその一言でとりあえず全員落ち着き、あれは【不思議なモノ】として解決した。
それから五人は他愛も無い話をして、夕方頃、翔の家を後にした。

帰り道、樹が不意に沈んでゆく陽を見つめながらポソッと呟いた。

「・・さっき言いそびれちゃったけど・・あの祠ってね、女の子が祭ってあるんだって」

神社でお祭りやってて賑やかだったから、下りてきたのかもね。
そういう樹の顔には、いつもの恐怖に怯えた所は見られなかった。
三人はその姿にどう返していいものか分からず、しばらく黙々と歩いていた。

分かれ道になって方向が分かれる時になって、ようやく岸辺が口を開いた。

「別にアレは・・俺達を脅かそうとか怒ってたとか・・そういうんじゃないんだよな」

俯きながら言った岸辺を見て、樹は何だかんだで気にしてたのかと苦笑しながら、

「それはないよ。だったらあたし達、無事じゃなかったはずだから」

と自分の右足をクルクルと回して見せた。

「!」

瞬間三人は驚いて目を瞠ったが、そういえば今日、樹は普通に歩いていたことを思い出した。
昨日あんなに腫れていた右足が、一日で何ともなくなるわけが無い。
三人が疑問を顕に見ていると樹は一言だけ告げた。

「久しぶりに皆と会えて嬉しかっただけだと思うよ」






この言葉を最後に、四人が樹の姿を見ることは無かった。






夏の暑い陽射しの中、神社の裏から山へと続く道の途中にある小さな祠に、小さな花束を携えた一人の少年の姿があった。
まだ高校に入ったばかりの汚れの少ない夏の制服を着て、じっと祠を見つめていた。
夏休みに入る少し前に起きた事故の後、地元の人々の声によってつくられた祠だった。
その祠の周りには、少女の霊を弔うようにたくさんの花束が置かれていた。
少年は一言、二言何かを告げた後、その祠を後にした。

ジジジジジッと大きな木の陰に身を寄せながら鳴く蝉の声が、静かに少年を見送っていた。







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1000hit リクエスト:現代 
2007.8.12  硝子の唄人  華青





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