翼の一片〜ツバサノカケラ〜



少女はそこに立っていた。

私からは顔は見えなくて、ただ、石のようにじっと動かない少女のその後ろ姿を
私は同じように動かず、ただ、その後ろ姿を私は見ていた。



その場所は一面が銀世界だった。
少女はそれに隠されるように、真っ白で小さい、今にも消えそうな一粒の雪のようだった。
一つの汚れも無く周りと同調していた。

あの時私が何故そこにいて、何故そのような少女がいて、何故それに惹かれていたのかは、よく、思い出せない。
一つの雪を見る度、一つの景色を消す度、今でも私は心が痛む。
その理由は、分かっている。
今でもあの思い出を覚えているのによく思い出せない苛立ちと、消そうとする景色が交差して、
頭の中がかき乱されているから・・・。
今でも私はその理由を変えられずにいる。



何度も同じ夢を見た。
あの少女とあの景色とそれを見ている私・・・

何度も何度も見た。
言葉も行動も思い出せないのに、
そのまるでドラマか映画の1シーンのようなその記憶だけは、脳裏に焼きついていた。
それは今でも思い出せない私に何かを訴えかける言葉なのか
ただの忘れられない思い出なのか よく、分からない。

私は今もあの少女が天使のように思える。
白い羽なんかないのにあるように思えた。
あの銀色に染まる雪のように白い翼が生えていたような気がした。




「ねぇ・・・あなたはだあれ?」

「あなた・・・寒くないの?」

少女が振り向いてポツリと言った。

「あなた、私が見えるの・・・?」



あれは・・・どういう意味だったんだ?

あの時の記憶は多分私が7・8才ぐらいの時だ。
あの少女は私より少し小さいぐらいの子だ・・・多分。
だから、自分が他人に見えるって事知らない年齢じゃない。
あれは、何か・・・何か理由があるんだろうか?




「あなた、私が見えるの・・・?」
「見えるよ?どうして?」
「・・・。あなた、名前は?」
「私?あたしは由羽。あなたは?」

「分からない・・・それって誰にでもあるものなの・・・?」




ちょっと待て・・・。どんどん分かんないぞ?
他人に見られるのが不思議で、名前が誰にでもあるということを知らない・・・?
なんなんだそれは・・・。まさか本物の天使!?
・・・ってそんなわけないよねぇ・・・・・。
どっかのお嬢様・・・?ん?でも着てた服は普通だったよねー・・・。
うぅ・・・ますますわからない・・・・・。
まてーまてー、落ち着こう。ここまで思い出せるなんて
今までで初めてなんだから、もうちょっと考えてみよう。
まだ思い出せるかもしれない・・・。

けれど・・・その日は結局それ以上思い出すことは出来なかった。
そう上手く思い出せたら、何年間も苦しんでないって、再び思い知らされた気がした。
だけどその後すぐ、その思いは再度消し去られた。
また、あの夢を見たのだ。しかも、昼間の続きからだった。



・・・少女は、こちらをじっと見つめていた。

「”あるもの”に決まってるよ!!・・・家族とか友達とかに呼ばれたことないの?」

少女は無表情から不思議というのを露わにして尋ねてきた。

「かぞく・・・トモダチ・・・?それは何かの名前なの?」

こっちが不思議だった。そんなことも知らないなんてとてつもない“ばか”なのかとまだ幼い私は思った。
否、それを思ったのは今夢を見ている【現代の私】で、夢見る・・・というかファンタジー心満載の【幼い私】は、
『どこかの国から来たお姫様』らしき考えが働いたらしかった。

「この国で名前は一人一人にあるよ。他人にも見えるの。家族や友達は自分の大切な人達。
あなたはどっかから来た特別な人なんですか?」

【今の私】は思いもしないようなことを【幼い私】は言った。
多分、最後が何気なく敬語になったのはやっぱり『お姫様』という発想が深く関わりあると思う。
・・・恥ずかしい。

「特別な人・・・?私が・・・?・・・・・特別・・・?」
「だってそうじゃないの?みんなが持ってるもの、知らないって言うんだもん。」

それがあるいは逆にしてみんなが持ってるもの持ってないってことはすごく変な人、という考えは【今の私】から出てきた。
ひねくれてるなぁ、夢心はいつ消えたんだろう。

少女はうれしそうに笑った。

「特別、なんだ。私は要らない人だと思ってた。」
「なんで?」
「だって、誰にも私のこと見えなかったんだもん」

「でも・・・あなたには見えたね」

少女がそう言った直後、周りに何かが舞い始めた。


花・・・・・?

「サクラだっ見てっ桜吹雪だよっ!!」

降る雪は散る春の桜となり
銀世界は色づいた花びら舞う紅色の世界に
その吹く風は一面の花畑に変わった

途端に頭が真っ白になっていった 周りの音が消えた。



あ・・・・・っ



はしゃいでいる私の隣で少女が一緒に笑っている



そうだ・・・あたしは・・・・・



二人の姿が 映像のように速く流れていく・・・



あのこは・・・・・




どうしてあんなにも少女に惹かれどうしてこんなにも苦しくて、
どうしてこんなに何も思い出せないでいるのか・・・・・

他の誰にも少女が見えなくて 名前もなくあの銀世界に一人立っていたのは・・・
なんで一つの汚れもなく そして・・・なんで翼が見えたのか・・・



チチチチチッ・・・

朝の鳥のさえずりが聞こえる・・・ 私は夢から、覚めていた・・・。
全ての・・・糸が繋がった・・・・・?
ゆっくりと体をベッドから起こし、もう一度夢の出来事を頭の中で繰り返す

「あなた・・・私が見えるの・・・?」

「あなた、名前は?」

「分からない・・・それって誰にでもあるものなの?」

「特別な人・・・?私が?」

「だって誰にも見えなかったんだもん」

「でも・・・あなたには見えたね・・・」

少女が笑うと桜吹雪がおきて周りの景色が変わった・・・。
それまでは無表情の少女と同じ動きをするように、周りの景色は淋しい何もない一面の銀世界で・・・・・

「それだっ!!」

最初に会ったとき、銀世界の中で一人半袖で寒くないのって思った。
けど、あたしもそこに入るとそれまでの寒さは嘘のように消えていった。
むしろ温かかった。
一つの汚れがなく周りと同調していたんじゃない。
少女に、周りの景色の方が同調していたんだ・・・
雪が花や紅になったのは少女がそんな温かい景色を望んでいたから・・・


あれは、あの少女の心だ・・・。

だからあの思い出を少しずつ思い出すたび心が痛んだんだ。
あれは少女の心なのに勝手にあたしが見たから・・・
周りの人が見えないのは、人の心が見えるわけないから・・・

名前がないのも、仕方ない。自分の心に名前はない。
銀は雪。雪は冷たくて肌に凍みる。
あれは少女の孤独で苦しく寂しい思いを表していたのではないだろうか?
どうしてあたしが入れたのかは分からない。
でも誰かに助けを求めていたのではないだろうか?
それに気づいてもらえたうれしさで、一気に暖かい春の景色に変わったのだ・・・
少女はそこから、ずっと笑っていたのだからきっとそうだと思う。
少女が白い色に見えたのはやっぱり汚れのない子だったのだろう・・・・・。

でも・・・分からないことがある・・・。
私があの少女に惹かれたのは・・・?
あの少女に見えた羽は・・・?
そして、どうしてあたしがあの少女の心の中に入れたのだろう・・・?



何が・・・起きたんだ  あの時・・・



由羽は少し変よ・・・

「木や本が喋ってるとか、何もない所に光が見えるだとか・・・」
「それって霊力?すごいじゃん」
「えぇ?気味悪いって」
「もうっ真面目に聞いてちょうだいっっ」

ーお姉ちゃん達とお母さんー

私が時々見えた不思議な光景 それを母や姉達は気味悪がった。
父はずっと家に帰らない人で 今思えば家庭を捨ててたと思うんだけど
そんな中で私の居場所なんてなかった。
それでも私は、唯一小さい時に母が買ってくれた絵本を読み、毎日を過ごしていた。
それが、私の心の拠り所だった。

そして、私が5歳の時母と姉は外国へ行った。私を施設に預け、旅行をしに。
でもその帰りの飛行機で帰らぬ人となった。原因は記憶に無い。
家族に未練はなく、親戚の受け入れを断り、私は施設に入った。
多分、自分の希望だったと思う。

幻想を自由に抱けるようになった私はあるものに夢中になった。
自由に空を飛べ 夢を叶える 翼の生えた 天使・・・

でもその夢とあの少女と何の関係がある・・・?
あの少女は人だったのだ。 翼なんてない、天使なんかじゃない・・・・・

分からない・・・分からないよ・・・・・




「・・・・・は好き」

「雪は好き 白くって・・・なんていうんだろう、ほら、空を飛ぶ・・・」
「鳥?」
「えっあっ・・・違うの、もっと別のモノに似てて・・・」

うーん?と私は考え、ある所で何かを思いついた。

「わかった!!それって天使!?」
「・・・?」
「あっ・・〜〜〜えっとっ白くって空飛んで鳥じゃないんなら・・・」

ー天使なんじゃないの?

「ーー・・・。」

あの時、私がそう言うとあの子は・・・そう、なんだか感じたんだ。
白い柔らかそうな雰囲気を出していたのに、その時は黒い色を帯びて、
さびしそう・・・というよりは怒った?そんな感じだった




はぁ〜〜〜・・・駄目だ 何か疲れてきた・・・
やめよ・・・もう 今日は寝よ・・・
ひどく疲れた・・・もう・・・止めにしよう。
彼女の意味が分からなくても、どうして出会えたのか探るのは止めにしよう。
七年という長い年月悩んでも悩んでも分からなかったのだから今更思い出すこともない。
きっと損な七年だったんだな。

今だって14歳のくせに日本を離れて学校へも行かず、一人で暮らしてるんだ 私は。
それは彼女のせいじゃないけれど、その彼女との記憶で縛りつけられているのには変わりない。

今日思い出せなかったら もう忘れよう 何がなんでも。



「あーやったぁ 今日はクリスマス日和だぁーっ雪が降ってるよっホワイトクリスマスだよ!!」
「はいはい・・・由羽、プレゼント何が欲しい?」
「うーんとねっ・・・あっ!あの人に何か温かい物あげてっ寒そうっっ!」
「・・・あの人?」
「ほらっあの人!!」
「あの人半袖で立ってるんだよっお母さん何かあげて!!」
「・・・・・」 
「・・・お母さん?」
「・・・由羽、お願いだからやめてちょうだい。どこにそんな人がいるの?」
「どこって・・・あそこ!公園の入り口の所に立ってるでしょ?」
「・・・・・。お母さんには見えないわ。さっ行きましょ 早くしないとケー・・・」
「お母さんのバカッ!もういいっ私行くっ!!」
「ちょっ・・・由羽!?」

だってあの人さびしそうだもんっ寒そうだもんっ見えないって何!?
それってあの人が見えないってこと!?また普通の人には見えないモノってこと?
そんなの・・・そんなの信じない!
だって今あたしが見てるあの人は間違いなくそこにいて寒そうに見えてるもん!
どうしてそれがわからないのっ?

「ねぇ・・・あなたはだあれ?寒くないの?」

その人はこちらを振り向いて、ポツリと言った。

「あんた・・・なんでこの中に・・・・・というか、あたしが見えるの?」

その人は後ろ姿から想像された天使のような印象はかけらともなかった。
そして、問いておきながらこっちの答えも聞かず、一人で納得したように頷いた。

「まだ小さいわね・・・そうか、あんた『かけら』か・・・」
「『かけら』・・・?」
「うん、そうよ。−・・・あんたさ、あたしの背中に何か見えなかった?」

迷いもなく私は頷く。

「うんっあれってあれって天使の羽!!天使ですかっ!?」

興奮のあまり、大声を出してしまった。
変な目で見られると思いきや、周りの大人はこちらに気づいていない。
なぜか、空間ごと別に移されたように周りは銀世界になっていてあたしとその人だけになっていた。

「残念ねー羽はあるけど天使じゃないのよ」

その人の顔には笑みが溢れてきていた。

「そういうあんたがそうなんじゃない?だって『かけら』なんだし・・・」
「えっえっ!?そんなこと・・・その『かけら』ってなんですか?」
「・・・。あんた、自分のことすら知らないの?あんた名前、性別、種族全て言える?」
「えっ?えーっと・・・名前は水城 由羽で・・・女・・・種族って?」
「種類よ。イヌとかネコとかあるでしょ」

あっなるほどって思った。

「人間。・・・あのすみません、そんなの見ればわかるような・・・」

どうみても聞く必要の無い事な気が・・・けれど、その人は目をまんまる、月みたいにまんまるにしてた。

「あっあんた・・・本当に知らないわけぇー?いくら子供だからって・・・」
「?」

私もいつの間にか目がまんまるになってた。

「はーーーーーぁ・・・なんで下界に降りた途端、こんな面倒・・・」

下界?それってこの地上のことでしょーか。

「あーっと・・・私『翼』っていうのよ。天使に仕える。」

はへ?天使に仕える?つばさ?何のこと??

「それでね、その『翼』になりきれない、中途半端で少し邪魔くさい、けど憎めない・・・」

その人は一息ついた。

「それを、『かけら』と呼ぶの。おわかり?」

その時のあたしは、目をまんまる、両手広げて大声で叫びそうな格好だったはず。
さっぱり、何のことだかわからなかった。

「うーんと・・・そうね。『翼』っていうのはどういうイメージがある?」
「え?・・・バサバサーッて何枚もたくさん羽の集まり・・・」
「そうよね。じゃあそれが少ないと考えて。一枚や二枚で空を飛べると思う?」
「無理・・・だと思う。体の方が重くって落ちちゃう。」
「それよ。その落ちちゃったりして下界に住んでるのが『かけら』と呼ばれているの」

えっ・・・

「よくいるのよーあんたみたいなの。下界に落ちて記憶なくして『人間』と間違えてる奴」

えぇっ・・・

「でも『人間』とは全然違うわ。私のこと見えたし、この結界に入れたしね」

えぇーーーっ!!

「えぇっ!?じゃあ、あたし本当にその『かけら』っていうのなんですか!?」
「だからそう言ってるじゃない。翼とかけらって親子みたいなもんだから気づいたのね」
「え?」
「普通は気づきにくいのよ。あんた向こうの賑やかい所にいたでしょ」
「はい・・・。」
「そういう所にいると、静かなこっちには気づきにくいの。翼とかけらって繋がってんのねー」
「ここで何してたんですか?」
「あんたを待ってたのよ。」
「・・・はい?」

あたしを待ってたって・・・知らないのに?

「翼とかけらはどこかで繋がってるけどめったに会えないのよ」

「・・・?」 
「かけらのあんたに用があるの」
「なんですか・・・?」

その人は深呼吸した。何かを話す前に必ずやってる。・・・癖かな?

「今の下界にかけらがいすぎて空は天使と翼ばかり。あんた達を連れに来たのよ」
「・・・え?でも翼のかけらって翼がいれば必要ないんじゃあ・・・?」

かけらは中途半端で邪魔くさいって、さっき自分で言ってたようなー・・・?

「ばかっ!かけらがいないと地上が危険なのよっ下界が!!」
「へ・・・」
「翼は天に仕える者。かけらは地上を守る者。それぞれ役割が違うのよ」
「え・・・」 
「羽が少ない分天使には仕えられない。だから空の仕事が出来ないかけらは地上の仕事をするの」
「・・・その、その仕事をやらなかったら・・・?」
「地上は崩れるわ・・・ここは後十年程の命ね」
「・・・・・・そういうことなら、私、連れてってください」
「連れてくも何も、強行でも連れてくつもりよ。さっ、早速行きましょうか。」
「あっ・・・でもーーー・・・」

私の頭の中をよぎったのはお母さんとお姉ちゃん達とお父さん。
本当の家族じゃなくても、七年一緒にいた。
避けられていても、やっぱり離れたくない・・・。

「・・・・・家族と離れたくないのね?」

私の心を読んだようにその人は言った。

「はい・・・。」
「そっ。それじゃぁあんたはあんたの家族とぬくぬく暮らして地上を崩壊させるわけ!」
「ちがっ!・・・そんなつもりじゃ・・・・・」
「じゃあどういうつもりなのよ。・・今一緒に来ないっていうことは、地上を見捨てたのと同じよ!それがどう違うって言うの!?」
「・・・・・そうじゃない・・・もう少し待ってほし・・いん・・・です・・・。」

私は泣いてた。

「待つ?」
「はい・・・。もう少し一緒にいて、それ・・で、後悔しないようにして・・・
それからそっちに・・・・・」
「・・・・・あんたねぇ、そんな時間あると思うの?それに時間経ったら余計に離れがたくなるんじゃないの?」
「大丈夫ですっもしそうなりそうだったら、無理矢理にでも連れてってください!!」

その人は深い、深い溜め息をついた。

「こーんな強情なかけら初めてよ。あんた人間の性格うつったわね?」
「そっそんなこと・・・・・そうかもしれない・・・。」
「ふっ・・・どっちなんだかー・・・。しょうがないわね。7年待ってやるわよ。」
「え・・・?」
「7年よ7年!あたしは7が好きなのっ10年はおそらく大丈夫だからギリギリ平気でしょ?」
「・・・・・。はいっありがとうございます!!」
「場所はここ。この公園。午前7時の7年後。7月7日ね。無理矢理にでも連れてくわよ」
「・・・本当に7が好きなんですねー・・・」 
「うるさいわねっ」

その人は背を向けて歩き出した。

「7年後の7月7日、7時にこの場所。忘れるんじゃないわよ?」
「はいっ!!」



その頃までには 家族と離れようーー・・・。





チチチチッ・・・・・  ガバッッ

「今日って何日ーーーっつーか今何時だ今!??」

バタバタと家中を走り回り、服を着替え、時間を確認する暇も無く家を出る。

7年という年月で私は家族と離れた。そして昨日、私は日本のあの町に戻っていた。
今日が7日なのかどうかは分からないが、周りが明るい。もしそうなら時間的にやばいっ



これは今日の為に用意されたものなのか?
しかもその前日の夜に夢で思い出したのは偶然だろうか?



ずっと忘れていた記憶が今、蘇るーー・・・・・



タッタッタッタッ・・・

公園の時計の針は、ピッタリ7時を指している。そしてその下には・・・
あの日と同じ格好、そして背中には翼が見える。
公園の入り口を過ぎると、中は一面の銀世界だった。

「おそーいっ!」
「今ちょうど7時だってばーーっ」
「一度言ってみたかっただけよ。じゃ、行きましょうか。」

二人は笑いながら歩いていった


止まっていた時が、今、動き出すーー・・・

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