翼の一片〜もう一つのかけら〜
あの時確かに私を必要としていたのに、私は行かなかった
後悔ばかりが、今の私の日常を埋め尽くしている・・・



名前は戸隠華衣吏。悩みは伸びっぱなしの髪が邪魔な事と、身長が伸びないこと。
あ、あと成績が伸びないことかな〜。一応今年は受験生なので。
以上、自己紹介終わり!

「え、ちょっと華衣、あんたそんだけしか書かないつもり?」
「うん。だってこんなもんじゃない?」
「それにしてもその内容はさぁー・・・」
「ほら、先生来たよ。智は出来たの?これ」
「ぎゃっやばい!」

中学校というのは過ぎるのが早い。
こないだ入学したばかりだと思っていたのに、気がつけばもう強制的に受験をさせられる3年になっていた。
というか、これでたとえすんなり合格したとしても、また高校で3年間過ごさなきゃいけないわけでしょ。
あぁもう、人生に休みというものは存在しないのか。
無いならそんな言葉つくらないでよね、全く。
・・でも、あの夢の中には休みがあった。
しかもそこには、翼の生えた天使がいた気がした。
でもそんなのってあるのか?大体、天使なんて見たことない。
きっと天使様は純粋な小さな子供の前にしか姿を現さないのね。
そんなことを考えていたら、前の人が自己紹介を始めていた。
あぁもう面倒だなぁ・・早く家に帰りたい。



「華ーーー衣ーーー!」
「どうしたの?そんな怖い顔して」

帰りの挨拶が終わった後すぐさま教室を出た私の後を、智がすごい形相をしながら追っかけてきた。
私、何かしたっけ?

「あんた本当に言ったね?あの変な自己紹介!」
「うん。」
「あんたねぇ・・皆に変な子って思われるよ?」
「別にいいよ。このクラスだって卒業したらもう関係ないし」
「いやまぁそうなんだけどさー・・今年は受験もあるし」
「でもうけてたよ」
「だぁ〜もう、そういうことじゃなくて・・そりゃ友達ができないのはいいさ、華衣にはあたしがいるから!」
「ありがと。いてくれるんだ」
「でも先生はまずいでしょ!この一年は目つけられないようにしないと危ないよ」
「あ、雨」
「こら華衣、人の話を聞きなさーーいっ!」

その時のあたしの頭の中には、今日もあの夢を見るのかそのことしかなかった。



誰も帰っていない家の扉を開け、二階に上がる。
自分の部屋に入って、手をつけずに積み上げられた机の上の参考書を横に無理矢理ずらし、鞄を置く。
着替えた後、扉を閉め再び下へ。
後ろから何かが落ちた音がしたのは気のせいだろう。
台所で適当にお菓子とジュースを手に持ち、テレビをつける。

「2時5分になりました。今日のニュースをお伝えします。」

作り笑いを浮かべたアナウンサーがいつもの調子で言う。
毎回思うけど、何で2時5分なんだろう。
どうせならきっかり2時の方が分かりやすいのに。
持ってきたお菓子の袋を開けながらそう考えていると、今日のトップニュースとやらを言い始めた。
最初に大きいのやったら後の見る気しないじゃんなどと胸中でぼやきながら、やや真剣な声色になったアナウンサーを見た。

「行方不明から十ヶ月。あの少女について新たな証言が報道されました。」

食べる手を止め、テレビの前にどかっと座る。
他のニュースには特に興味が無いけど、これだけは別。

十ヶ月前から行方不明の少女・・・−
といっても、それが分かったのは今から九ヶ月前だった。
彼女は小さい時から家族に疎まれ、母親と姉の事故によって施設に預けられていた。
父親がいたものの家にはほとんど帰らず、そうなったらしい。
しかし彼女が10歳の時、一人外国へ行ったという。
その後、絶縁状態になっていた父親が、母と姉の命日の為一度だけ届いた少女からの手紙の連絡先に電話したところ、
もう日本に戻ったと言われ、しかしどこを探しても彼女はおらず、警察に届けを出し、一ヵ月後に報じられるようになった。
十ヶ月前から行方不明というのは、その辺りから誰も姿を見ていないため、そうされた。
その後、何故か7月7日に雪が降っていただとか、公園に二人の翼が生えた人間がいたなどと、奇妙な証言がされていった。
中には死んだ、と言う人もいるが私はそうは思わない。
彼女は私と同じで、違う人なのだと思う。

天使に仕え、空の仕事を行う『翼』。
翼より羽が少ないため、地上の仕事を行う『かけら』。
世界はこの種族によって保たれているという。
しかし、かけらが過って地上に落ちてしまい、そのショックで本来の能力を失くしてしまったらしい。
おかげで空には翼ばかりで、このままでは地上が滅んでしまうという。
少なくとも、私はそう伝えられた。
そう、私は『かけら』だ。
けれどあの日私は行かなかった。
家族や友達と離れるのも嫌だったし、何よりその話が信じられなかったからだ。
だから私は思う。彼女も『かけら』なのだ。
そして私と彼女で違う所は、彼女は行った、ということだ。
彼女はきっと今、地上を救うために働いている。
だからこそ私はこのニュースに興味があるのだ。

「今日午前11時、少女の父親が自宅前で記者会見を開きました。これはその時の映像です。」

映し出された映像には、娘を心配している父親の顔などまるで映っていなかった。
そこにはただ淡々と喋る一人の会社員がいるだけだった。

「由羽は昔から変なことをいう子でね、自然の痛みが分かるというか・・とにかくそんなことをいつも言っていた。
だから今は、何処か通信が届かない場所で人助けをしているのではないかと思う。」

「・・という父親の証言なんですがどう思いますか?」

画面が元のスタジオに変わり、アナウンサーが隣の男に尋ねていた。

「いやぁ〜私はこれを初めて見た時、なるほど、と納得してしまいました。
確かに今までのものから言っても、あながち間違っていないでしょう?」
「そうですか・・私はやはり母親達の事故がトラウマになって自殺・・・と思うのですが。」
「そうですね。今までもそれが一番有力だと考えられてきました。でも、今回のこの証言は見事にそれを覆ましたよ」
「そうですか・・しかしこれで断定とはまだなりません。今後も引き続き報道していきたいと思います。
それでは次のニュースです。野生の熊がじゅ・・」

プツッと、テレビを切って思わず叫んだ。

「おかしいんじゃないのっこの父親!アナウンサーも納得してんじゃないよ!!」

ふと、テーブルの上にある写真立が目に入った。
そこには、母と父と姉と私が笑いながら写っている。
楽しかった頃の、もう二度と戻らない頃の写真。

「これじゃあ父さんと一緒だよ・・・。」

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