では紙を・・と言われ、今度は迷い無く差し出す。

しかし受け取った相手はしばし紙を見つめた。

「・・ラメス・レナードさん・・・?」

「はい!・・何か?」

自分の名前すら知らなかった私にセアムが付けてくれた名だ。

何に疑問を思ったのか、相手は考え込むようにして呟いた。

「って・・まさか2週間前の事故の・・・」

やだな・・管所−こんな所−まで広がってたんだ・・・

「そうですよ。だから地上に行くんです」

原因は分からないにしても自分が関わりがあるのは変わらない。

事故が解決するのなら、何でもやろうと自分に誓ったのだ。

相手はこちらに顔を向け、優しく笑いかけた。

「・・無事にお戻りくださいね ラメスさん」

一瞬相手の言った言葉が飲み込めず、思わず聞き返す。

自分が想像していた言葉とはほぼ反対のものを言われたのだ。

あの事故に関して、自分に優しく言う人間など、いるはずがない。

しかし相手はじっとこちらを見つめて言う。

「あの事故の責任をあまり感じないでください。あなただけが悪くはないはずです」

そして最後にもう一度繰り返した。

「だから方法を地上で見つけて無事にお戻りください。待っています」

「な・・」

そんなことを言うわけがないと反論しようとしたが、阻止されてしまった。

「あなたを責める人がいますが私はあなたを責めません」

再び笑顔でそう言われどうしていいか分からなかった。

今までそんなことを言ってくれた人間がいただろうか。

「・・りがとう・・・ありがとうございます・・・・・」

自然と両目から涙がポタポタと零れていた。

「信じてくれたのは・・EGとセアムだけ・・・

他の人はみんな無理だった・・・」

震える手を必死に両手で押さえながらラメスは泣いていた。

「大丈夫です・・私も信じていますよ・・・」

そっと体ごと温かな空気に包まれているようだった。

二人以外に自分を信じてくれている人がいる・・・−

ただそれだけで、胸がいっぱいになった。



≪笑ったっていいんだよ・・あなたのせいじゃない

ラメス・・・信じてくれる人もいるはず≫



「・・・・え?」

突然頭の中に語りかけてくる声が聞こえた。

思わず声を上げると、案内人はどうかしましたか、と

不思議そうに訊ねた。

「・・いえ」

その言葉に今の声は目の前の相手ではないと感じた。

ーじゃあ、今の声は・・・?



「地上に行くと地下で着ている服は自動的に消去されます。

またその服は地下へ来る時に戻りますのでご安心を」

あまりに平然と言われ一瞬何を言われたか分からなかった。

服が消えて・・でもそれはまた戻ってくる・・・?

「なっなぜですか!?・・どうやってそんな・・・っ!」

そんな話は見たことも聞いたこともない。

まして科学力が最も発達していると言われる地下である。

そんな物を発明された覚えなど無いラメスはただ首を傾げるしかなかった。

「それは私にも分かりません。・・【MBK】が行っていることですから・・」

案内人から出されたその単語に聞き覚えが無くさらに首を傾げる。

「・・【MBK】?」

「秘密組織の呼び名です」

秘密組織・・そんな噂を聞いたことがあるような気がする。

確かそれは陰に好都合なことをしてくれるが、誰もその正体を知らないという謎の存在。

ー・・そんな彼らがここでも手助けをしていると・・・?

「全て行っていることが謎ですからそう呼ばれていますが・・

そんな文明も能力も判明していません。どうやってそんなことができるのか・・」

相手は心底憂鬱そうな顔を浮かべながら言葉を続ける。

「私にもそれはわかりません。・・それが【MBK】なのです」

公所の人間にも知れていないなんてよほどの凄腕なのか・・

とにかくそこにいる人間の憂鬱の種になっているぐらい

【MBK】というのは陰で相当民間人を支えているのだろう。

最後に地上に行ったらその話も聞けるでしょう、と言ってから

案内人は足元に宝石で羅針盤が描かれたクリスタル・ルームと呼ばれる部屋へと案内した。



・・【MBK】か。





「地上に出たら種族の違いも気をつけてください・・全部で5種いますので」

「・・人以外にもいるんですか?」

それは初耳だった。地下では人・・あえて言うならEG、その2種族ぐらいだ。

・・やっぱり全然違う世界なんだな。

「はい。ですから彼らを見ても驚かないでください

・・荒い性格の種族だと争いになる恐れがあります」

説明することはそれで全てのようで、案内人は右の方へと進んだ。

その先には他の床と少し違う色の絵柄があった。

「では・・そこの赤く光っている円の上に乗ってもらえますか。

そこが入り口になります」

言われたとおりにそこへ行くと、体の周りを淡い光が包んでいるようだった。

「それでは地上へお気をつけて・・・」

その一瞬の後、フッと周りが暗くなったかと思うと

体が何かに引っ張られるようにガクンと衝撃を覚え・・

その後は自分の力ではない別のそれに連れて行かれるように

底の見えない奈落へと落ちていくようだった・・





ラメスが消えた地下では、先ほどの案内人がその行く末を見守っていた。

「・・地上に・・お気をつけください・・・」

目を瞑り両手を合わせながら誰もいない虚空へと静かに告げた。

back next